ネット誹謗中傷で損害賠償請求できる「調査費用」とは?
インターネット上で悪口やプライバシー侵害となる事項を書き込まれたときに請求できる損害賠償金として、慰謝料のほかに「調査費用」があります。
調査費用とは、匿名の相手を特定するため弁護士に支払った報酬のことです。
調査費用の賠償を受けることで費用倒れとなる可能性を減らせるため、ネット誹謗中傷への損害賠償請求では無視できないポイントとなっています。
しかし、全額を必ず請求できるとは限らないなど、注意点もあります。
ここでは、ネット誹謗中傷への損害賠償請求における調査費用の請求について説明します。
1 「調査費用」とは?
調査費用とは、発信者情報開示請求のために弁護士に支払った報酬です。
調査費用は、あくまで損害賠償請求のための弁護士費用とは別の出費です。
手続としては、発信者情報開示請求と損害賠償請求は厳密には異なるのです。
ネットトラブルでは、示談交渉にせよ裁判にせよ相手の住所や氏名が分からないと始まりません。
相手が誰かを発信者情報開示請求で突き止めなければ、そもそも損害賠償請求はできないのです。
この発信者情報開示請求について弁護士に支払った報酬、弁護士費用が「調査費用」です。
損害賠償請求自体にかかった弁護士費用でなくとも、損害賠償請求するために必要となったのだから投稿者に埋め合わせを求められないかと考えられるようになりました。
その結果、「調査費用」が生まれたのです。
2 請求できる調査費用の金額(判例)
損害賠償請求にかかった弁護士費用も、損害として請求できます。
最高裁は昭和44年2月27日に「弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである」として、損害賠償請求で弁護士費用を損害として認めました。
もっとも、全額は認められません。
原則としては、慰謝料などの1割程度の金額となっています。
「不法行為」、つまり加害行為が原因となった損害の中でも、常識的に考えて妥当と言える範囲のものしか賠償請求できません。
法律では、この考えを「相当因果関係」と言います。
実務上、相手に損害賠償請求できる弁護士費用の金額は、認定された主な損害(慰謝料など)の1割程度といったところです。
裁判所は「弁護士に依頼しなくても裁判できるのだから、不法行為と相当因果関係がある弁護士費用は一部だけ」と考えているようです。
調査費用も、上記と同じく相当因果関係の範囲内に限り損害と認められることになります。
もっとも、請求する側としては嬉しいことに、調査費用の全額について損害賠償を認める判決がいくつも現れています。
発信者情報開示請求の特徴は、損害賠償請求の前提となるだけではありません。
必要となる専門性は損害賠償請求などの裁判よりもはるかに高いのです。
よって、弁護士への依頼がほぼ必須といえます。
被害者本人で手続できる余地がほぼないのであれば、損害賠償請求での弁護士費用とは異なり、相当因果関係は調査費用のすべてについて認められる可能性があるわけです。
裁判所によって判断に揺れがあったものの、全額もしくはそれに近い妥当な金額に落ち着く傾向にあります。
実際、平成24年6月28日や平成27年5月27日の東京高等裁判所判決では、調査費用の全額が損害として認められました。
平成27年判決は全額を請求できる理由を、端的に説明しています。
「発信者を特定するための調査には、一般に発信者情報開示請求の方法を取る必要があるところ、この手続で有効に発信者情報を取得するためには、短期間のうちに必要な保全処分を行った上で適切に訴訟を行うなどの専門的知識が必要であり、そのような専門的知識のない被害者自身でこの手続を全て行うことは通常困難である」
一方、調査費用のうち1割しか損害として認めなかった東京高等裁判所平成31年3月28日判決もあります。損害賠償請求と発信者情報開示請求は「実質的に同様の性格」だからという理由です。
令和に入ってからの判決では、損害賠償請求できる調査費用の金額は妥当なものとなっています。
東京高等裁判所の令和2年1月23日判決では、200万円ほどの調査費用ですら全額請求が判決されました。
同じく全額請求を認めた東京高等裁判所の令和3年5月26日判決では、サイト管理者は仮処分の前に任意で開示しているにもかかわらず、サイト管理者への請求にかかった調査費用も損害として認められました。
サイト管理者は被害者からの要求には応じないものの、弁護士から請求されると仮処分の前に自発的に対応することがあります。
実質的に、「弁護士に依頼したからこそ開示に成功した」といえるため、相当因果関係が認められたのでしょう。
3 調査費用を抑えるためのポイント
裁判所が調査費用の賠償請求を認める金額が多くなっているといっても、証拠で認定できる、かつ妥当な範囲に限られることに変わりはありません。
調査費用の出費を抑えつつ、請求できる金額を増やすため、発信者情報開示請求の対象とする投稿を冷静に見極め、契約書や領収書の記載・保管に細心の注意を払いましょう。
⑴ 開示請求する投稿を絞り込む
調査費用は、たいていの弁護士事務所で、複数の投稿ごとに金額が設定されています。
例えば、5投稿あたり20万円、あるいは10投稿あたり30万円といった記載がされている事務所が多いはずです。
匿名掲示板への書き込みやSNSでの炎上でありがちですが、誹謗中傷は何人かの人間が何十個も投稿することがあります。
このようなケースですべての投稿について発信者情報開示請求をすると、調査費用が高額になるだけでなく、開示に失敗するリスクも大きくなります。
「悪口ではあるが名誉毀損など違法とまでは言えない」「通信会社のデータが消えていた」など、失敗の原因は様々です。
裁判所としては、開示に成功して損害賠償請求するに至った投稿数についてのみ調査費用の請求を認めることになるでしょう。
成功しなかった開示手続については、特定された相手が書き込んだと証明できず、因果関係が認められないからです。
実際、東京地方裁判所平成28年7月21日判決はそのような処理をしています。
違法性の有無やデータ消失リスクは、弁護士ならば事前に予測できます。
許せない悪口の投稿者特定をあきらめるのは悔しいですが、金銭的負担を落ち着いて受け止め、弁護士のアドバイスをもとに開示請求する投稿を絞り込みましょう。
⑵ 証拠としての契約書と領収書を確保する
損害賠償請求には、損害の発生や因果関係の証明が必要です。
調査費用で言えば、どの投稿が開示に成功したのか、その開示手続について弁護士に支払った金額はいくらかを明らかにします。
さらに、どの手続についていくら支払ったのかも明確にできるようにしましょう。
契約書と領収書が、調査費用の請求で重要な証拠となります。
どのようなケースでいくら支払うと約束していたのかを契約書で、実際に支払った事実とその金額を領収書で証明できるよう、投稿・手続ごとに弁護士費用を細かく明記していることを弁護士と確認してください。
4 まとめ
ネットトラブルでの損害賠償請求の調査費用は、全額回収も現実的となっています。
調査費用が誹謗中傷の損害となるのは、発信者情報開示請求は弁護士への依頼がほぼ不可欠と裁判所が認めているからです。
インターネット上で誹謗中傷を受け、投稿者に損害賠償請求を希望される方は、弁護士にご相談ください。
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